治療を受けられる前に
- 美容外科治療の大部分は手術です。
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美容外科領域の治療はぬり薬やのみ薬で治療する場合もありますが、大部分は手術です。 「美容」という項目を「手術」で治療する領域です。つまり先にある「美容」という言葉より後に続く「手術」であるという言語に充分に注意を払う必要があります。
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この美容外科領域の手術という言葉はメスを握った行為のみを指すのではなく、医学的概念を広義に解釈する時(法律的解釈とは別になると思います。)皮膚を含む身体臓器に著しい侵襲を加える行為と受けとめる人もあり、その意味では強いピーリングやレーザー照射、脱毛の一部まで手術行為の中に含める人がいます。当然の事ですが、埋没法重瞼やピアスなどは純然たる「手術」行為です。そして手術は両刃の剣でもあります。
- 手術には治る過程と合併症が必ずあります。
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手術後の修復過程
身体に及ぼされた手術行為は一種の人的外傷とも云えます。つまりけがを負ったらすぐ治療し治ってしまうのではなくある一定の期間が必要となります。手術においてもこの一定の期間が必要です。これを「創傷治癒過程或いは期間」と云います。(イ) この治癒過程は人によっても違います。場所によっても違います。人種的相違もあります。疾病の有無などによっても違いますが、おおよそ3ヶ月から6ヶ月位と推定されています。それ故、神経損傷の場合を除いて逆に6ヶ月以降はあまり変化が出ないとも云えます。
(ロ) 特に術後3ヶ月の間は極端に変化が生じます。軽い手術などは例外として顔の皺とりなどは3ヶ月余は変化が著しいものと認識すべきです。
(ハ) 組織が修復しようとする力が働くからですが、その際過剰に皮膚が盛り上がったり、赤味が生じたり、硬くなったり、ひきつれが起ったりします。これが人間の身体の特徴であります。洋服などを作ったり、絵に書いたりする行為とは明らかに違う過程となります。この様に極端な変化が生じることを術前に理解しないとビックリなさる方がおられます。また再手術を要する時は原則的にこの状態がおちついてからなされるべきです。
(ニ) この創傷治癒過程(修復期間)は破壊された組織や細胞が落ち着く迄の期間と理解されるべきです。純粋な意味での手術をした後の治療期間と称しても過言ではありません。広い意味合いや医学的表現をすれば「どのような美容外科手術も術後3ヶ月〜6ヶ月は組織的変化をしている可能性」があります。
(ホ) 一方では「二重をして仕事に出掛ける事が可能なのは術後1週間目位です。」等と伝える場合のように、臨床的治癒期間を重要視して美容外科医が患者さんへ伝える場合があります。ある面ではこの方が一般的に良く使われているかも知れません。この使い方はある程度腫れがおさまり、化粧も可能であり、人前に出ても分かりづらい状態となりますよという表現であり、本来の治っているという状態とはやや違います。「臨床的治癒期間或いは一次的治癒期間」と総称して良いかと思います。それに比べ、(ニ)の場合は「組織学的(細胞学的)治癒期間或いは二次的治癒期間」と呼んではいかがかと思います。
(ヘ) この創傷治癒期間(治療までの期間)は(イ)の如く色々な条件によっても違いますが、ちょっとした不可抗力的医療行為でも差が出ます。例えば二重の手術の際、毛細血管が一本切れただけで腫れや赤味が極端に違います。その結果、一時的に二重に左右差が生じる場合があります。
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手術の合併症
(イ)合併症(がっぺいしょう)は薬で云う所の副作用(副反応)です。手術ですから組織にダメージを与えます。その意味ではどのような手術でも必ず合併症を伴うものだという認識が必要です。そして患者さんは手術を受けようとする時大きなもの(合併症の範疇は広いものがあり、その程度も大小様々です。)だけは充分把握しておく事を要します。ここが、インフォームドコンセントの大切な部分で「医師の十分な説明と患者の理解ある納得」の中心をなします。(ロ) 合併症は各々の手術に特徴的に発生するものと手術という行為全般に生じるものがあります。そのひとつに大原則として生じるのが「不可逆的(ふかぎゃくてき)変化」です。つまり手術という行為は元に戻せといわれても大部分が不可能ですよという意味です。例えば隆鼻術などはプロテーゼという異物を取り除けば元に戻せると表現しますが、外見上略々元に戻せたと思われても鼻の中には小さな傷痕はある訳です。
(ハ) 各々の手術に伴う合併症はそれぞれに特徴的なものがありますので各論部分にゆずります。
(ニ) 合併症が不幸にも生じた時は急を要するものとそうでないものがあります。その判断は主治医(執刀医)しか分からない場合がほとんどですのでSecond Opinionを求める場合でもその原因をきちんと主治医から求めた方が、後医は助言しやすくなります。
(ホ) 美容外科は再手術を含めて大部分が急を要しない場合がほとんどですので、あわてないで下さい。再手術は1回目の手術と違い出血なども多く、やりにくいものです。また腫れなどもおさまっていない場合もあり、再手術の為の結果への目安は難しいものがあります。患者さんの心理は異常になりますが、周囲のサポート体制と共に落ち着くのが先決となることが必要でしょう。その際「待つことも治療のひとつ」と云う心構えが必須になります。
- 医療事故と医事紛争
美容外科は外科手術ゆえに合併症や不可逆的変化、予期せぬトラブルが起り得ます。このトラブルは患者さんは当然の事、医療側をも悩ませます。出来るだけなくしたいと思うのは万人の願いであり、このトラブルの減少、消滅なくして美容外科の将来もあり得ないと断言しても良い位です。医療トラブルの発生をいかに未然に防ぎ得る事が出来るかは術前情報の収集、診察、手術方法、術後処置、観察、情報開示、はては医学教育にまで及ぶのでしょうが、これ等は別項にゆずることにして、ここでは医療トラブルの中で作られている言葉とその背景をお知らせしておきたいと存じます。言葉の持つ意味合いがはっきりしていないとトラブルがより複雑化するからです。新聞などで良く伝えられる「病院のミス」と言う言葉自体も時として読者に誤解を与える事があります。
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医療事故の定義
医療事故とは「医療の過程において、医療従事者が予測しなかった悪い事態」が生じたものです。この場合、医療側に過失があるなしは無関係です。医療事故と表現する時、すぐ「過失がある」と考えがちですが、「過失の有無に関係ない悪い事態」と言うことになります。 -
医療事故の分類
医療事故は医療行為の為に起った全ての悪い出来事ですが、分類すると
(イ)不可抗力によるもの
(ロ)過失によるもの
(ハ)故意によるもの
があります。この中で(ハ)は考えにくいのですが、(ロ)と(ハ)が「医療過誤」つまり失敗や医療過失の範疇に入ります。 -
医事紛争
事故が起れば医事紛争に発展しやすくなりますが、この医事紛争とは医療をめぐった医療側と患者さん側の紛争(トラブル)を言います。医療人と患者さんの信頼関係が良ければ事故が起っても紛争にならない場合もあります。逆に事故がなくても医療側の態度が悪かったり、或いは患者さん側の誤解で紛争になる場合もあります。 -
手術の失敗・過失・ミス
その他にもエラー、失策など色々な呼び名がありますが、先に述べた明らかな医療過誤を除いて法律的にも医学的にも定義や区別がしっかりなされておりません。当然、マスコミ報道などにもきちんとしたルールで言葉が使われておりません。 前後の言葉の文脈から、どのような事故なのかを推測するしかありませんが、医療(手術)の失敗とは少なくとも医療訴訟において不可抗力によるものか、医療側に過失があるのかが重大な分かれ目となります。 -
美容外科領域の手術等の失敗
但し、医療事故が全て法律的解決を求めるものではなく、逆にそうでない場合の方が実際には多いのではないかと推測します。 そのような時、商行為として美容外科を位置付けたと仮定したら、術前に医療側と患者さん側でどのような約束事がなされていたかが重要となります。例えば
(イ)合併症をきちんと説明したが不幸にも発生した時
(ロ)患者さんが100の要求をし、医療側が100の要求を可能だと約束したがそれが出来なかった時、或いは
(ハ)医療側が術前に60点くらいしか可能でないと約束したにも関わらず、患者さんが術後100の事を期待し要求した時
など、このように外見上の美醜を目的とする美容外科は種々のケースが予測されます。然し先に述べた事例等でトラブルが発生した時、医療の失敗(ミス)と言えるかは実は分かっていません。また商行為違反であるかどうかも議論の分かれる所でしょう。 いずれにしろ、小さな事故でも大きな紛争になったり、大きな事故でも紛争にならなかったりするのを見聞きする訳ですが、そこには医者(医療側)と患者さん側にどれだけ信頼関係が築き上げられているか、またその源となる術前にどれだけきちんと手術説明がなされていたかがキーポイントになっている事が多いものです。それ故にこそ、医療側はしっかりした術前説明をいかに分かりやすくするか、より良い工法を常に考えねばならず、患者さん側はSecond Opinionを含めて、沢山の知り得た情報の中から取捨選択する努力が必要となりましょう。 -
医の倫理
訴訟における賠償責任問題や商行為違反かどうかは第三者の判定を要する現実がありますが、日常遭遇する医事紛争(トラブル)の中には、医療側から見て明らかに現在の医療水準からしてやりすぎ、無知(不勉強)だと思われるケースも散見されます。 このような不勉強を含めてもうけ主義に走る医者としての倫理観の欠如を疑わせるケースは増えつつあり、医療人の組織としてピュアレビーをしっかりやると言う姿勢と行動が指導者に望まれる所です。 この事は美容外科における広告のよしあしと言う現実的に解決を急がねばならない側面も含んでいます。また不幸にして事故が生じた場合、その事故にどのような特徴があったのか、事故後の説明が納得出来るようにすると云う事も大切な医の倫理的要因であると思います。
- 医療事故の被害者と加害者
交通事故の時良く表現されるのと同様に医療事故が発生しますと被害者は勿論ですが、加害者(医療側)側も心の葛藤が必ず生じます。総体的に云えば未熟な為に起った事故であり、故意に発生させたとは考えられない場合が大多数だからです。
但し、交通事故と明らかに違うのは被害者側(患者さん側)の心理的葛藤即ちストレスです。「医療事故は患者を助けるはずの医者側から患者が傷を負わされたと言う点では極めて異例で、被害者の強烈な反応を引き起こします。」(ヴィンセントとロバートソン1983年)
これらの点を含めて、交通事故の研究に比し、医療事故の研究は遅れています。また、被害者をサポートする側面が皆無なのです。その上、常日頃、ストレスを感じて仕事している医療側にもストレスは何倍も増して発生します。その意味から重複する所はありますが、以下の点は強調しすぎる事はありません。
1. 術前の十分な説明
2. 医の倫理の確立
3. 起ってしまった後の社会的支援と保障の問題
は、今後共ねばり強い論議と実践が不可欠です。
- 過剰期待
常日頃外来を訪れる患者さんを見て感じている事は、美容外科に過剰期待を持ちすぎている人が多いという事です。
やはり腹八分目に押さえて手術をお考えになり、それでもやりたいのかどうか反芻してみる事です。美容外科手術は急ぐ必要のない手術である事を肝に命じておいて下さい。 美容外科手術を受けようと考える方は当然の事ながら、結果に期待感を頂きます。その期待感は時として広告を含む過剰・過大情報に基づく事が多いものです。ある裁判ではこの広告内容も術前説明の一部に加えた事例もあります。つまり広告の説明は誤った情報ではいけないのですが、現実はそうではない場合が多いものです。
- 医者と患者の信頼関係
せちがらい世になればなるほどこの人と人との信頼関係をどう構築していくかは大切になります。また強力に作られたと思っていた信頼関係もひとつの小さな事故が元ですぐにどこかに吹き飛んでしまうものです。 然し基本的に医療において信頼がなければ自分の身体に医者のメスを加えても良いとは考えてないでしょう。
信頼関係を構築するのにはやはりよく知り合うと言う事につきるのですが、どのような人柄であるかを見ぬくのも人間としての器量のひとつとなります。医者の人柄を見ぬくのに自信がない人は家族や友人と一緒に訪ねてみるのも方法ですし、手紙を書くのも一法です。そして他の医者と比較する事も大切でしょう。患者さんが医者を選ぶように実は医者も患者さんを選んでいるのです。そして、この信頼関係は患者さんの家族を含めた巾広いやり方が良く、当然術前説明などの納得も患者さんの背後におられる方は心得ておく事は大切な事です。
美容外科手術は手術ゆえ信頼関係がなければ成り立たない事を充分に理解して、その信頼関係を長期に続けられるかどうかは重要な要素となります。手術は長い目で見て充分なアフターケアが必要となるからです。